自己申告による労働時間把握は問題か?
2016/02/23
萬屋建設事件 【前橋地判 2012/09/07】
原告:労働者X / 被告:会社
【請求内容】
労働者Xが自殺したのは過重労働が原因として、遺族が会社に対し、慰謝料・逸失利益等計9,672万円を請求した。
【争 点】
会社に安全配慮義務(労働時間把握義務)違反はあったか?
【判 決】
労働時間把握義務を懈怠し業務軽減措置もとらなかったことは過失による注意義務違反。(賠償額約4,000万円認定)
【概 要】
工事の現場代理人兼監理技術者として配置された労働者Xが、配置から半年経過後自殺した。Xの業務は過重であり、工期遵守の求めや予算超過の不安から心理的負担を強く感じていたと推認される。月93~156時間の時間外労働に従事していたXは心身ともに疲労困憊し、うつ病を発症していた。会社は「労働時間の自己申告制」を採用していたが、申告と実際の労働時間が一致しているか調査せず、むしろ月24時間を超える残業時間は認めていなかった
【確 認】
【労働時間把握義務】(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準)H13.4.6基発第339号
◆使用者は、労働時間を適正に管理するため労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること。
◆使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として次のいずれかの方法によること。
(ア)使用者が、自ら現認することにより確認し、記録すること。
(イ)タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること。
◆自己申告制により行わざるを得ない場合は、事前に対象者に十分な説明をし、申告と実態が合致しているか調査し、時間外労働の申告を阻害するような事実があれば、改善するための措置を講ずること。
【判決のポイント】
【安全配慮義務】労働契約法第5条には『使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする』とあり、この義務を怠った結果、労働者が事故に遭い、または病気になった場合、会社は債務不履行や不法行為による損害賠償責任を負うことになる。
<労働時間の自己申告制の問題点>
本件では、会社は労働時間の把握を「自己申告制」にて行っていたが、実際には時間外労働や休日出勤をしても、会社に申告していない労働者が存在し、会社もそれを認識していた。しかし会社は(上記「確認」にて定められているような)申告と実態の労働時間が一致しているか否かの調査をしようともせず、むしろ残業時間の申告の上限を月24時間とし、それを超える残業時間の申告を認めていなかったなどの「労働時間把握義務懈怠」があった。
⇒ 労働時間の自己申告制は、職場の雰囲気等により残業等を申告しづらいなど理由から、実際の労働時間の把握が難しい場合が多く、結果として過労死やメンタルヘルス問題を発生させる原因となりやすい。
<会社は、労働者Xの自殺を予見できたか?(予見可能性)>
会社側に結果についての「予見可能性」がなければ、安全配慮義務違反の債務不履行責任は否定される場合があるが、(林野庁高知営林局事件(最判H2.4.20))
①長時間労働を継続すると労働者の心身の健康を損ない、うつ病発症や、自殺のおそれがあることは広く知られていること、
②会社はXの業務自体の過重性を知りながら業務軽減措置をとらなかったこと、以上2点から、会社はXが過重労働により自殺を図ることを予見することができたというべき。
【SPCの見解】
■労働者がうつ病を発症している(またはうつ症状が見られる)とき、会社がそれを認識しつつ、何の措置もとらないと、今回のように自殺に至ってしまった場合の責任は免れない(予見可能性がないとは主張できない)だろう。労働時間の適正な把握は安全配慮義務の第一歩であり、もし長時間労働が常態化している労働者がいれば、心身の健康状態を確認し、問題があれば専門の医師の診療を受けるように勧め、業務軽減措置をし、必要があれば休業させる等の配慮が必要である。本件のように労働時間の把握を自己申告制にしている場合は、会社の無言の圧力や労働者の自主的な遠慮により残業の申告を行えず正しい時間が把握できない場合が多いため、より一層の注意が必要である
労働新聞 2013/5/20/2921号より