能力不足による解雇(有能な人材を高待遇で中途採用した場合)
2016/02/23
日本ベリサイン事件 【東京高判 2012/03/26】
原告:中途採用者Ⅹ / 被告:会社
【請求内容】
解雇されたⅩ(専門の職種にて中途採用)が、解雇無効と、減額された賃金の差額等を請求した。
【争 点】
与えられた業務の未完や、その他数々の問題行動による信頼関係喪失を理由に行われた本件解雇は有効か?
【判 決】
業務未完である上、業務遂行過程で関係者の信頼を毀損したことは雇用継続困難な合理的理由であり、解雇は有効。
【概 要】
Ⅹは、内部統制システムの整備に関する業務について高水準の成果を上げることを約束して、役職を内部監査室長、基準年俸を1,200万円で採用された。しかしⅩは約3年経っても必要な作業を完了させておらず、また、関係者からの信頼を失う言動をしたり、適正手続きを欠いた給与引き上げを行ったり、その他いくつかの問題行動があり、経営陣や職員らとの間の信頼関係を喪失させるに至ったため解雇された。なお、一審はⅩが勝訴し解雇無効としていた。
【確 認】
【能力不足社員の解雇が解雇権の濫用とされないためのポイント】
(エース損害保険事件 東京地裁 H13.8.10)
① 能力が平均的な水準に達しておらず、著しく労働能率が劣り、さらに向上の見込みがないこと
② 単なる成績不良ではなく、企業経営に支障を生じる恐れがあり、企業から排除すべき程度に至っていること
③ 是正のため注意し反省を促したにもかかわらず、改善されず、今後の改善の見込みもないこと
④ 使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情が無いこと
⑤ 配転や降格ができない企業事情があること
※ 能力不足による解雇は、教育指導や配転等の是正措置をしなければ解雇権濫用とされることがあるので注意
【判決のポイント】
1)能力不足の社員を解雇するには(職務を限定しないで雇用された労働者の場合)?
『労働者が職種や業務内容を特定しないで労働契約を締結した場合、実際に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が完全にはできないとしても、労働者の能力、経験、地位、企業の規模、業種、労働者の配置・異動の実情や難易度等に照らして、その労働者を配置する現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、(労働者は)労働契約に従った労務の提供をしているといえる』(片山組事件 最一小判平10.4.9)としており、その者が能力不足か否かの判断は「異動が可能な他の職種も考慮して判断しなければならない」としている。
2)職務を限定し、一定の成果を期待して中途採用された者を解雇するには?
1)と異なり、本件のように能力を買われて中途採用され、職務限定で、給与も通常の中途採用労働者と比較して高額であるような場合には、能力不足の判断基準は「採用時の役職に求められた能力などが基準となる」(フォード自動車事件)とされている。よって本件の場合は「内部監査室長」としての職務能力に不足があれば、それは能力不足と判断してよい。(使用者による教育指導などの措置も、通常の中途採用者の場合ほどは求められない)
3)解雇までの手順
①業務指導書を渡し、会社が労働者に求める労働能力の内容や程度を明確に伝え、達成できていないので改善するように指示・命令をする。
②それでも改善されない場合は解雇もあり得るという内容の警告書を渡す。
③それでも改善されない場合は、退職勧奨し、応じなければ普通解雇するといった段階的な手順が必要。
【SPCの見解】
■能力不足の社員を解雇したいというケースにおいて、会社側が「具体的にどういう業務内容を求めていて、それがどれほど達成できていないか」を明確に説明できないということが多い。これでは「能力不足」という証明ができないため、裁判では不利である。また、今まで一度も注意・教育指導を行ってこなかったにもかかわらず、いきなり解雇をしようとする場合もあるが、これも裁判ではかなり不利になるため、上記3のような段階的手順を踏むことは重要である。今回の様な特別な中途採用の場合の解雇は比較的認められやすいが、これが学卒などの新入社員である場合は、そもそも仕事が出来ない前提で雇い入れているため、能力不足による解雇はかなり難しいので注意を要する。
労働新聞 2013/7/15/2929号より