懲戒処分なら無効なのに、人事権行使なら有効なのは何故か?
2016/02/23
東京都医師会事件 【東京地判 2014/07/17】
原告:医師X / 被告:Y病院
【請求内容】
降格前の給与を受ける地位確認、降格前の給与との差額、停職期間中の賃金、慰謝料300万円等の支払いを請求。
【争 点】
Xの不適切な言動に対する3ヶ月の停職という懲戒処分や人事権行使による降任・降格は、不法行為として無効か?
【判 決】
3ヶ月の停職という懲戒処分は重すぎるため無効だが、人事上の措置である降任・降格は人事権濫用ではなく有効。
【概 要】
Y病院で勤務する内科医長Xが、度重なる非違行為(病院の方針や院長の指示に従わず、検査業務に支障を生じさせたり、十分な根拠なしに検査科長がパワハラ行為をしたと発言して誹謗中傷したり、検査室に大量の私物を持ち込み、院長からの再三の注意にもかかわらずこれに応じなかった等)に対して3ヶ月間の停職(懲戒処分)を受け、さらにその1ヶ月後に人事上の措置として医長から医員へと降任・降格された。Xはこれを不服として提訴した。
【確 認】
<懲戒処分としての降格と、人事権の行使としての降格の違い>
【懲戒処分としての降格】就業規則の根拠規定が必要であり、「合理性」と「相当性」を欠く処分は無効である。(労契法15条)また、7つの原則(「罪刑法定主義」「適正手続」「合理性・相当性」「平等取り扱い」「個人責任」「二重処分禁止」「効力不遡及」)を勘案して、妥当性が厳しく判断される。
【人事権の行使としての降格】就業規則や個別の雇用契約書の根拠なく行うことができる。(人事権は労働契約上、使用者の権限として当然に予定されているため)そして、社会通念上著しく妥当を欠き、権利の濫用に当たると認められる場合でない限り、違法とはならない。(バンクオブアメリカイリノイ事件【東京地判H7.12.4】)
【判決のポイント】
■なぜ「3ヶ月間の停職」という懲戒処分は無効となったのか?
Xの行った非違行為は決して軽微なものではないが、「停職」という処分は懲戒処分の中でも重い処分であり、その期間も就業規則上許される期間のうちで最長のもので、3ヶ月間にわたり賃金を得ることができないということは重大な不利益を受けるものである。Xの行為が「病院内部にとどまる行為で、患者に直接被害を与えていないこと」などの諸事情も考慮すると、3ヶ月間にもわたる最大期間の停職処分は重すぎると言わざるを得ず、無効とされた。
■なぜ「降任・降格」という人事上の措置は有効となったのか?
懲戒処分としての「降格」は、今回無効となった「停職」よりも重い処分であるから、もしこの「降格」が懲戒処分として行われたものであれば、無効とされていたと思われる。しかし今回は、Xの言動が管理職としての適格性を欠くという理由による「人事権の行使としての降格」であったため、懲戒処分としての厳しい基準ではなく、人事権の行使として(懲戒処分より緩い基準で)判断されたため、人事権の濫用とはいえず、有効とされた。
▼国家公務員の懲戒制度における処分量定(非違行為に対する処分の重さについての参考資料)
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/komuin_taishoku/pdf/071221_1_si3.pdf
【懲戒処分の重さ(左より重い順)】
懲戒解雇 → 諭旨退職 → 降格 → 出勤停止・停職 → 減給 → 戒告・譴責
【SPCの見解】
■度々非違行為を行うような困った労働者がいる場合、会社としてどのような処分をするのが妥当なのか、判断に迷うケースは多い。本件は、懲戒処分としては重い処分であるはずの「降格」が、人事権の行使として行われたために有効となる一方、それよりも軽い「停職処分」が、懲戒処分としてなされたために無効となったという、逆転現象のように感じられる結論となっている点が興味深い。それは上記「確認」で説明した内容(妥当性の判断基準が異なること)によるものである。よって、会社が労働者に対して何かしらの不利益な処分を行う際には、それが「懲戒処分と人事権の行使、どちらにより行うのか」を明確にしておく必要がある。(もちろん後者の方がリスクは低い)
労働新聞 2015/2/23 /3006号より