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■第2章労働契約の変更と労働条件の変更

      2016/02/21

今回も、労働契約法の条文をご紹介しながら、関連判例をみていきたいと思います。
第2章は、労働契約の成立と採用です。
第6条(労働契約の成立)
第7条(労働契約の内容と就業規則)
第8条(労働契約の内容の変更)
第9条(就業規則による労働契約の内容の変更)
第10条(就業規則による労働契約の内容の変更2)
第11条(就業規則の変更に係る手続)
第12条(就業規則違反の労働契約)
第13条(法令及び労働協約と就業規則との関係)
から成り立っています。
第3回目は、第8条から第13条をとりあげます。

(労働契約の内容の変更)
第8条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

<合意原則(労働条件を変更するとき)>
労働契約を締結する場合と同様、契約が存続する期間の途中で労働条件を変更する場合にも、労使当事者間の合意によって労働条件が変更される「合意の原則」を確認的に規定したものです。なお、契約の成立の場合と同様、変更内容について書面の交付がなくても、労使当事者間の合意のみで変更自体の法的効果は発生しますが、実務的には、それは労働契約の内容を「労働者に有利に変更」する場合の解釈で、不利益変更の場合は、口頭のみの説明では不十分との判例もあります。当該判例は後記で紹介します。

<変更解約告知>
(1) 使用者が、解雇の意思表示をするとともに、より低い労働条件で新契約の申込みの意思表示をすること。
(2) 使用者が、労働契約の変更申込みをするとともに、労働者がそれを拒否することを条件に解雇の意思表示をすること。
このように変更解約告知は、いずれも低い労働条件で雇用を維持するか解雇に甘んじるかを労働者に選択させるものです。ただ、経営困難に陥った使用者が一方的な意思により労働条件の引き下げまたは解雇を実施するよりは、労働者に自己決定の裁量を与える点で会社の取り得る手段ではあると考えます。

(就業規則による労働契約の内容の変更)
第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

(就業規則による労働契約の内容の変更2)
第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

<労働条件の変更ルール>
・合意の原則→労働者と合意によって、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。(法第8条)
・就業規則の変更による労働条件の不利益変更ルール
原則→労働者との合意なく、就業規則の変更によって、労働者の不利益に労働条件を変更することはできない。(法第9条)
例外→一定の条件を満たせば、就業規則の変更によって、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。(法第10条)
要件→①変更後の就業規則を労働者に周知させたこと
②就業規則の変更が合理的であること(法第10条)
・合理的判断の考慮要素(①~⑤を総合的に勘案して判断する)(法第10条)
①労働者の受ける不利益の程度
②労働条件の変更の必要性
③変更後の就業規則の内容の相当性
④労働組合等との交渉の状況
⑤その他の就業規則の変更に係る事情

<実務的な周知の方法>
① 説明会を開き、資料に基づいて社会保険労務士等専門家の解説も加えた上での説明
② 質疑応答の時間を設け、説明後も一定期間は質問を受け付け、原則文書回答する
③ 意見書に従業員代表等の記載を受け、監督署の受付印が押印された写しを常置する

労働条件の不利益変更についての合意~東武スポーツ(宮の森カントリー倶楽部)事件 (東京高判平成20年3月25日)
【事件の概要】
Y会社は、ゴルフ場の経営等を行う会社であり、Xらは、Mカントリー倶楽部においてキャディ職に就いていた女性である(保育士職に就いていた女性についても原告となっているが、今回は取り上げない)。Y会社は、ゴルフ場事業における人件費削減のため、平成14年4月1日以降、従業員の雇用契約を期間の定めのないものから期間1年に変更し、その移行にあたって退職金を支給すること、賃金制度を改めて新しい給与規程を適用すること(固定給や諸手当を廃止して、ラウンド給とアフレ手当だけに変更)を決め、その内容は同年1月30日に、まず社長からXら従業員に全体説明が数分間口頭で行われ、その後、総務部長らにより、Xらに対して個別的に面談して説明が行われた。Xらは、この変更に同意するキャディ職契約書を同年2月15日までに提出し、3月末頃退職金を受け取った。
同契約書には、雇用期間を平成14年4月1日より平成15年3月31日の1年間とすること、賃金は会社との契約金額とすること、賞与は会社の定めにより支給すること等が記載されていた。賃金減額は約4分の1程度であった。また、Y会社は、平成14年3月20日に新たな賃金体系を書面で告知、同年4月3日頃にキャディ控室に新就業規則を掲示した。
XらはY会社に対し、前記の労働条件の不利益変更は無効であるとして、期間の定めのない雇用契約が存在していることの確認と減額された差額賃金の支払い等を求めて訴えを提起した。1審は、Xの請求を認容したため、Y会社は、控訴した。
結果、Xらの請求はほぼ認容された。

【主要な争点】
①労働条件変更の合意の有効性
②就業規則の不利益変更

【判定】
①雇用契約を期間の定めのないものから1年の有期契約に変更することを始め、賃金に関する労働条件の変更、退職金制度の廃止、生理休暇・特別休暇の無給化等その内容も多岐にわたっており、数分の社長説明及び個別面談での口頭説明によって、その全体及び詳細を理解し、記憶に止めることは到底不可能といわなければならない。
キャディ契約書の記載内容についても、雇用期間が平成14年4月1日から1年間とすることが明記されているほかは、賃金について会社との契約金額とするとか、その他就労条件は会社の定めによるといった記載であって、その内容を把握できる記載ではない。ラウンド手当の金額についてもキャディ契約書提出前には示されていなし、キャディ契約書の提出の意味について、キャディ職従業員から質問もあったが、明確な返答がなされたとは認めがたく、また、キャディ契約書の提出が契約終結を意味する旨の説明がされたこともうかがわれない。したがって、労働条件の変更の合意を認定するには、労働者であるXらが締結する契約内容を適切に把握するための前提になるY会社の変更契約の申込みの内容の特定が不十分であるというほかはない。Y会社による口頭説明では、当事者間の契約で合意する事項と就業規則で定めることとの峻別すら行われていないなど、労働条件変更合意の申込みに対してこれを承諾する対象の特定を欠くといわざるをえない。
→使用者には労働者が「錯誤」に陥らないように適正な情報を提供する義務がある。そして、労働契約変更の合意においては、使用者の情報提供義務違反と客観的に見て、労働者に錯誤が認められた場合には、表示の有無にかかわらず、当該合意は無効となる。また、変更契約の申込み内容の特定が不十分であったり、労働者の承諾対象の特定性が欠けているなどの事情があり、変更の合意が不成立と判断された。
②新就業規則及び新給与規程を周知させたのは、キャディ契約書提出のかなり後であり、十分適切な時期に周知が行われたとはいいがたい。また、就業規則の変更の際に意見聴取の手続を全く踏んでいない。以上を踏まえると就業規則の不利益変更の合理性は否定される。

役職の降格~東京都自動車整備振興会事件 (東京高判平成21年11月4日)
【事件の概要】
社団法人Tは、自動車分解整備事業を行う会員のためのサービス提供を主な業務としている。Xは、T法人のY支所の副課長であった。Y支所は10名程度で稼働しており、そのトップは支所長で、その次が副課長、その他は一般職員であった(T法人では、役職は、事務局長、部長、次長、課長、副課長、係長、主任となっていた)。Xは、昭和54年にT法人に就職し、平成10年にA支所係長、平成12年に副課長、平成16年にY支所業務課副課長に任命されている。また、Xは個人加盟の労働組合に所属して副中央執行委員長を務めるとともに、T法人の職員で構成される分会の書記長でもある。
Y支所の副課長は、支所長を補佐するとともに、窓口対応の責任者的立場にあるが、自身で窓口対応や電話対応にもあたることになっている。Xも窓口対応等にあたっていたが、会員等からXの対応の悪さについて度重なる苦情があり、支所長からの注意があったにもかかわらず、その仕事ぶりは改まらなかった。そこで、平成18年10月、T法人は、Xに対しY支所業務課係長への降格を命じた。
Xは、本件降格処分は、不当労働行為であり、人事権の濫用として不法行為に該当すると主張し、本件降格処分の無効確認、降格により減額された役職手当の差額(本給額の1%)の支払い、損害賠償額等を求めて訴えを提起した。
1審は、本件降格処分は無効とし、役職手当の差額支払い、慰謝料30万円の支払いをT法人に命じた。そこでT法人は控訴した。
結果、原判決取消、Xの請求は棄却された。

【主要な争点】
役職にふさわしくないという理由による、副課長から係長への降格の有効性

【判定】
本件降格処分は、懲戒処分として行われたものではなく、T法人の人事権の行使として行われたものである。このような人事権は、労働者を特定の職務やポストのために雇い入れるのではなく、職業能力の発展に応じて各種の職務やポストに配置していく長期雇用システムの下においては、労働契約上、使用者の権限として当然に予定されているということができ、その権限の行使については使用者に広範な裁量権が認められるとうべきである。そうすると、本件では、本件降格処分について、その人事権行使に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かという観点から判断していくべきである。そして、その判断は、使用者側の人事権行使についての業務上、組織上の必要性の有無・程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するか否か、労働者がそれにより被る不利益の性質・程度等の諸点から総合してなされるべきものである。
ただし、それが不当労働行為の意思に基づいてされたものと認められる場合は、強行規定としての不利益取扱禁止規定(労働組合法7条1号)に違反するものとして、無効になるというべきである。もっとも、この不当労働行為の意思に基づいてされたものであるかどうかの認定判断は、本件降格処分を正当と認めるに足りる根拠事実がどの程度認められるか否かによって左右されるものであり、処分を正当と認める根拠事実が十分認められるようなときは、不当労働行為の意思に基づくものであることは否定されるというべきである。
→会員の会費によって活動がまかなわれ、会員に対するサービスを業務とするT法人にとっては、Xの窓口対応、電話対応の悪さに関する会員の不満、苦情に対処して何らかの対応措置をとるべき業務上の必要性が大きいことは容易に判断できる。また、他の職員を指導したり、仕事上で模範になるべきポストに会員から苦情が続出している者をつけておくことが組織上の観点からふさわしくなく、Xは副課長としての能力・適性に欠けると判断したことが、合理性を欠く判断であるとはいえない。
これらの点に、本件降格処分は副課長から1ランク下の係長に降格するだけのもので、役職手当上の不利益もわずか本給額の1%の減額であることを総合すると、T法人が本件降格処分をしたことにつき、裁量権の逸脱または濫用があるとは認めがたい。
本件降格処分には十分な根拠が認められるから、本件降格処分がXの組合活動を嫌悪して、不当労働行為意思からされたものであるとは認めがたい。

(就業規則の変更に係る手続)
第11条 就業規則の変更の手続に関しては、労働基準法(昭和22年法律第49号)第89条及び第90条の定めるところによる。

<労働基準法上の就業規則の変更手続きと変更内容の合理性>
・労働契約法上の就業規則の変更(第10条)→①変更後の就業規則を労働者に周知させる
②就業規則の変更が合理的である

・労働基準法上の変更手続き(第89条・第90条)
①過半数労働組合・労働者代表からの意見聴取
②所轄の労働基準監督署への届出

・労働基準法上の手続きの遵守は就業規則の変更による労働条件の変更の効力発生要件ではありませんが、合理性判断の考慮要素となり得ます。

(就業規則違反の労働契約)
第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

<規定の趣旨>
就業規則で「1日7時間、日給1万円」との基準であったときに、労働契約で「1日8時間、日給1万円」と定めた場合、時間給の定めであることが明らかでない限り、時間数のみが無効となり、日給額が減額されることはないということです。
すなわち、就業規則で定める労働条件によらない個別の合意をする場合には、就業規則で定める基準以上の労働条件を定めた場合にのみ有効となります。つまり、法第12条の規定は、就業規則の合理性の要件を担保として、労働契約の内容の最低ラインを取り決める役割を就業規則に認めているわけです。

(法令及び労働協約と就業規則との関係)
第13条 就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第7条、第10条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない。

<就業規則が反してはならない法令とは>
第13条にいう「法令」とは、強行法規としての性質を有する法律、政令、省令を指しています。また、罰則を伴う法令か否かにかかわらず、強行法規であれば、就業規則は、労働基準法以外の法令にも反してはならないことになります。

<就業規則と法令・労働協約との関係>
・労働基準法第92条(行政取締法規)
①就業規則は、法令・労働協約に反してはならない。
②法令・労働協約に反する就業規則は、行政官庁の変更命令の対象となる(罰則付き)。

・労働契約法第13条(民事的効力を定める法規)
法令・労働協約に反する就業規則で定める労働条件は、その反する部分について、労働契約の内容とはならない。

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