退職意志の取消しは可能か
労働者から退職の申し出があった後に「退職届・退職願を撤回したい」と頼まれる可能性もあります。会社は応じる必要があるのでしょうか。
退職の撤回の申し出が認められるケースもあるため、これを判断するには退職の申出と取消しの意志を表示するまでの経緯に留意する必要があります。
期間の定めがない労働者自ら退職する場合、その退職の種類は二通り考えられます。
1.自主退職(辞職):労働者が一方的に労働契約を終了させる(主に退職届)
2.合意退職:労働者が退職を申し出た後、会社が合意することで労働契約を終了すること(主に退職願→会社の了承)
1つ目の自主退職(辞職)については、以下の民法を根拠とし、解約の申入れはいつでも行うことができ、2週間経過することによって終了します。こちらは原則退職の意志が到達した後は撤回することができません。
◇第六百二十七条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
◇第五百四十条(解除権の行使)
契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2.前項の意思表示は、撤回することができない。
2つ目の合意退職の場合は、未だ本人の意志は退職をお願いしているまでに留まり、会社が承認するまでの間であれば、撤回は可能であると考えられています。ただし、退職を願い出た担当者が社長等人事の裁量を持っている方で願い出た際にすでに了承したと考えられる場合や、すでに会社が退職を前提で採用活動や人事異動を進めている等、撤回されると不利益が会社に大きいような場合で信義則違反となるような場合は撤回できないものと考えます。
辞職や合意退職のどちらであるかは提示した書面の字面(退職届または退職願)だけでなく、申し出た際の経緯によって判断されることとなります。
また以下のような民法が適用されて退職の申し出が取り消されるケースがあります。
1.錯誤(意思表示をした者の誤認識・誤判断が原因で,表示から推測される意思と真意との間に食い違いが生じている場合)による取消し
例:退職しなければ、解雇になる等を思い違ったために退職の意志を表示したが、解雇されるような事実がなかったような場合。
◇民法95条1項(錯誤)
意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
①意思表示に対応する意思を欠く錯誤
②表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2.詐欺または脅迫による取消し
例:事実がないにも関わらず、人事担当者が「退職届を提出しない場合は、懲戒解雇となる、懲戒解雇にするぞ」と明らかに嘘をついたまたは脅迫したような場合。
◇民法96条1項(詐欺又は脅迫)
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
労働者からの退職の意志は事実に基づいて、その自由な意志により示されることが重要であるため、退職の意志の有無またはその有効性については裁判所においても慎重に判断されるところです。会社としては、身勝手な退職の申し出やその撤回に振り回されることがないよう、今一度労働者の退職の種類や手続きを整理していただくことが肝要です。