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事業主は労災認定への不服申立てをできるのか

   

パワハラや過重労働等を理由として、労働者が労災認定を受けようとした際、その背景によっては労使間で見解が相違することも多いです。労働者に支給決定された労災保険給付について、事業主はこれの取消しを求めることができるでしょうか。

 

これについて最高裁によって重要な判断がなされました。(あんしん財団事件 最一小判令和6.7.4)

 

この裁判は、業務災害で労災保険料が増えるおそれがあるとして、メリット制対象事業主が労災保険法に基づき労働者に支給された療養補償給付及び休業補償給付の各支給処分の取消しを求めた上告審であり、当該事業主が支給決定の取消を求める原告適格を有するか否かを巡る争点について最高裁判所が判断したものです

 

□メリット制とは

一定の条件を満たした事業者には、事業主の保険料負担の公平性の確保と労働災害防止努力の促進を目的として、その事業場の労働災害の多寡に応じて、労災保険率又は労災保険料額を最大40%増減させる制度です。

 

□最高裁判所の判断

下級審では、事業者が労災認定を争えるかどうか判断が割れていましたが、最高裁はおおよそ以下のような理由により、特定事業主には支給処分の取消しを求められ得る原告適格はないと判断しました。

 

・労災支給処分によって事業主に対して争う機会を与えることは、被災労働者等の迅速かつ公正な保護という労災保険法の趣旨を損なう。

・労災支給処分により事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係を早期に確定する必要はない。(メリット収支率算定基礎対象となる労災支給処分の支給要件非該当性については別に判断すれば良いという趣旨)

・特定事業の事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立てやその取消訴訟において、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるため、手続保障に欠けるところはない。

 

厚生労働省は2023年より、事業者側が労災保険料の決定に対して不服を申し立てられる仕組みの運用を始めています。また、その中でメリット収支率算定基礎対象となる労災支給処分の支給要件非該当性を理由として、労働保険料認定決定を取り消す等の判決が確定したとしても、労働基準監督署は該当の支給処分を取り消すことはしないこととされています。

 

事業者側が従業員個々の労災認定に不服を申し立てると、被災労働者などの救済に時間がかかるなどの問題が生じかねません。そこで事業者側には労災認定にではなく保険料の認定決定の取り消しを求められるとしたバランスの取れた判決です。

 

まずは労災保険給付の支給決定について、事業主は口出しが出来ないようです。ただ、本質的なところ、保険料額への影響よりも、労災が認定されるということは会社に何かしら責任が存するようにみられるのではないかという心理的な不安の方が事業主は労災認定を忌避したくなる理由ではないかと個人的には考えます。

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