■使用者の懲戒権と懲戒事由
2016/02/21
懲戒権の根拠は何か?判決は、「使用者の企業秩序定立・維持権限」にその根拠を求めています。代表的な判例である国鉄札幌運転区事件(最高裁昭和54年10月30日判決)は、以下のように述べています。
「企業は、その存立を維持し目的たる事業の円滑な運営を図るため、それを構成する人的要素およびその所有し管理する物的施設の両者を総合し合理的・合目的に配備組織して企業秩序を定立し、この企業秩序のもとにその活動を行うものであって、企業は、その構成員に対してこれに服することを求めるべく、その一環として、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営体制を確保するため、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を、一般的に規則をもって定め、または具体的に指示、命令することができ、これに違反する行為をする者がある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発し、または規則に定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができるもの、と解するのが相当である。」
今回、取り上げる判例は、次の4つです。
①周知を欠く就業規則の拘束力~フジ興産事件
(最高裁判決平成15年10月10日)
②職場内での政治活動等を理由とする戒告処分の有効性~目黒電報電話局事件
(最高裁判決昭和52年12月13日)
③私生活上の非行~横浜ゴム事件(最高裁判決昭和45年7月28日)
④経歴詐称~炭研精工事件(最高裁判決平成3年9月19日)
①フジ興産事件-「周知を欠く就業規則の拘束力」
化学プラントなどの設計・施行を目的とする会社Yは、平成4年4月、設計請負部門である「エンジニアリングセンター」(以下、センターという)を開設した。会社には、旧就業規則(昭和61年8月実施)を変更した新就業規則(平成6年6月届出)があった。
センターに勤務する労働者Xは、平成5年9月から6年5月にかけての得意先担当者との間のトラブルや上司への反抗的態度・暴言などを理由に、平成6年6月15日、会社から、新就業規則の懲戒解雇規定を根拠に、懲戒解雇された。
労働者Xは、旧就業規則は偽造されたものであり、会社には就業規則が存在していないことを根拠に懲戒解雇を無効とし、雇用契約上の地位確認などを請求した。
第一審判決(大阪地裁判決平成12年4月28日)は、本件懲戒解雇当時有効な就業規則が存在していたとし、労働者の行為は懲戒解雇事由に該当し、懲戒解雇を有効と判断した。原審判決(大阪高裁判決平成13年5月31日)は、①懲戒解雇事由とされたXの行為は新就業規則が制定される以前の行為であるから、旧就業規則における懲戒解雇規定にしたがって懲戒解雇事由の存否が判断されるべきである、②旧就業規則は過半数代表者の意見聴取をへて労働基準監督署に届出られているのであるから、旧就業規則が職場に備え付けられていないことを理由に、旧就業規則の労働者への効力を否定することはできない、③新就業規則の懲戒解雇事由は旧就業規則の懲戒解雇事由を取り込み、詳細化したものである、④したがって、新就業規則の懲戒解雇規定を根拠とするXに対する懲戒解雇は有効である、と判断し、Xの請求を棄却した。しかし、本判決は、就業規則が効力を生じるためには、その内容を、就業規則の適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続をとる必要があるが、原審は、その点を認定していないとして、原判決を破棄し、本件を原審に差戻した。
<判決からのメッセージ>
1)懲戒権行使の要件
→使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種類及び事由を定めておくことを要する。
2)就業規則の周知と拘束力
→就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する。原審は、会社Yが労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これを労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容をセンター勤務の労働者に周知させる手続きが採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
<メッセージに対する私的見解>
就業規則の作成・改正をした場合、一番大切なことは、管理者への説明会の開催です。それを経て、管理者から一般労働者への制定改正内容についての説明があれば理想的です。そしてその場で従業員代表の意見書の記入をしてもらい、労働基準監督署への届け出となります。この順番を間違えると就業規則そのものの有効性が問われることとなり、今回のテーマである懲戒権も根拠を乏しくすることになります。
②目黒電報電話局事件-「職場内での政治活動等を理由とする戒告処分の有効性」
XはY公社に勤務する職員である。Xは、目黒電報電話局において、作業服の左胸に「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプラスチック製のプレートを着用して勤務した。同電話局長ほか管理職より上記プレートを外すように命令されたがこれに従わず、むしろこの取り外し命令は不当であるとして、同電話局の許可を受けずに、休憩時間中にビラ数十枚を、各課の休憩室や食堂で職員に手渡し、休憩室のない一部の職場では職員の机上に置くという方法で配布した。
Y公社はXに対し、プレート着用行為等は、就業規則の禁止規定(プレート着用については、5条7項「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない」という規定)に違反し、懲戒事由に該当するとして、戒告処分に付した。そこで、Xはその処分の無効確認を求めて訴えを提起した。第一審はXの請求を容認し、原審はY公社の控訴を棄却した。そこで、Y公社は上告した。結果、原判決破棄、第一審判決の取消。Xの請求は棄却された。
<判決からのメッセージ>
1)「本件プレート着用行為は、就業規則5条7項に違反することは明らかであるが、この規定は、局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであることにかんがみ、形式的に規定に違反するようにみえる場合であっても、実質的に局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときには、規定の違反になるとはいえないと解するのが相当である。」
→就業規則上の禁止規定に形式的に違反する場合であっても、職場内での秩序風紀を乱すおそれのない「特別の事情」が認められる場合には、その規定に違反しない。
2)「公社法には職務専念義務違反規定があるが、これは職員がその勤務時間および勤務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。
→身体的活動の面だけでなく、精神的活動の面でも注意力のすべてが職務の遂行に向けられていなければ、たとえ実害が発生していない場合であっても、この義務に違反するとする。
<メッセージに対する私的見解>
職務専念義務は、業務命令順守義務と職場秩序保持義務とあわせて労働者が守るべき三大義務のひとつですが、「たとえ実害が発生していない場合であっても、この義務に違反する」は行き過ぎた判断であると考えます。業務への支障が現実に発生していない限り、職務専念義務違反は成立しないと思います。
③横浜ゴム事件-「私生活上の非行」
Y社に勤務する工場作業員Xは、昭和40年8月1日午後11時20分頃、他人の家の風呂場の扉を開け、屋外に履物を脱ぎ揃え、屋内に忍び入ったところ、家人に誰何を受けたため、直ちに屋外に立ち出て、履物も捨てて一散に逃走した。Xは間もなく、第三者に捕らえられ、身柄を警察に引き渡された。簡易裁判所はXに住居侵入罪の成立を認め罰金2,500円に処した。Y社は、従業員賞罰規則に定める懲戒解雇事由である「不正不義の行為を犯し、会社の体面を著しく汚した者」に該当するとして、懲戒解雇に付した。そこでXは、雇用契約上の権利を有することの確認を求めて訴えを提起した。第一審・控訴審ともにXの主張を認容したため、Y社は上告した。結果、上告は棄却された。
<判決からのメッセージ>
「原判決によれば、Y社は、XがY社の従業員賞罰規則16条8号にいう「不正不義の行為を犯し、会社の体面を著しく汚した者」に該当することを理由として、同人を懲戒解雇にしたというものである。そこで、原審が認定した事実関係のもとにおいて、Xが右懲戒解雇の事由に該当するかどうかについて按ずるに、Xがその責任を問われた事由は、Xが昭和40年8月1日午後11時20分頃他人の居宅に故なく入り込み、これがため住居侵入罪として処罰されるにいたったことにあるが、右犯行の時刻その他原判示の態様によれば、それは、恥すべき性質の事柄であって、当時Y社において、企業運営の刷新を図るため、従業員に対し、職場諸規則の厳守、信賞必罰の趣旨を強調していた際であるにもかかわらず、かような犯行が行われ、Xの逮捕の事実が数日を出ないうちに噂となって広まったことを合わせ考えると、Y社が、Xの責任を軽視することができないとして懲戒解雇の措置に出たことに、無理からぬ点がないではない。しかし、翻って、右賞罰規則の規定の趣旨とするところに照らして考えるに、問題となるXの右行為は、会社の組織、業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行われたものであること、Xの受けた刑罰が罰金2,500円の程度に止まったこと、Y社におけるXの職務上の地位も蒸熱作業担当の工員ということで指導的なものでないことなど原判示の諸事情を勘案すれば、Xの右行為が、Y社の体面を著しく汚したとまでは評価するのは、当らないというほかはない。」
→Xの行為は、会社の組織、業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行われたものであること、Xの受けた刑罰が罰金2,500円の程度にとどまったこと、Y社におけるXの職務上の地位が指導的なものでないことなどが考慮され、懲戒解雇事由に該当しない。
<メッセージに対する私的見解>
当該判例は、管理職研修で必ず取り上げます。なぜならば、私生活上の非行については企業の社会的信用の失墜等が懲戒処分の理由となるため、「皆さんのような地位や職責の方が同じようなことをした場合は、「逆相対性の原則」からしても懲戒解雇は覆らないですよ」と強調します。ちなみに相対性の原則とは、「労働者の行為が懲戒事由に該当する場合であっても、当該行為の性質・態様・動機、業務に及ぼした影響、損害の程度、労働者の態様・勤務歴、情状、過去の処分歴、使用者側の原因等に照らして、社会通念上相当なものでなければならず、相当性を欠く場合には懲戒権を濫用したものとして、当該懲戒処分は無効とされる」というものです。
④炭研精工事件-「経歴詐称」
Xは、昭和61年3月16日にデモ行進に参加して公務執行妨害で逮捕されたため10日間出勤できなくなった。Y社はこれを契機として、Xの経歴を調査したところ、Xは、採用面接時の申立てとは異なり、大学を中退していたこと(履歴書には高卒と記載)、成田空港開港阻止闘争に参加して凶器準備集合罪、傷害罪等によって2件の事件につき公判中にあったこと(履歴書には賞罰なしと記載。なお、入社後、それぞれ懲役1年6か月、懲役2年(いずれも執行猶予4年)の刑が確定)が発覚した。このため、Y社は、昭和61年4月1日、Xに対し、①正当な理由なく7日以上継続して無断欠勤したとき(38条1号)、②職務上の指示に不当に反抗し職場の秩序を乱しまたは乱そうとしてとき(同条3号)、③氏名又は経歴を偽りその他不正な手段によって雇い入れられたとき(同条4号)、④禁固以上の刑に処せられたとき(同条12号)等の就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとして、懲戒解雇の意思表示をしたものである。第一審・控訴審とも、Xが最終学歴を賞罰について秘匿したことについては懲戒解雇事由に該当するとして、懲戒解雇を有効と判断した。Xは上告したが、結果、最高裁は、原審の判断は正当として、これを棄却した。
<判決からのメッセージ>
「雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、その企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う。」
→最終学歴は、企業秩序の維持に関係する事項であることは明らかである。本件は、最終学歴を高く詐称するのではなく、低く詐称する逆詐称であっても認められないという立場を示している。
<メッセージに対する私的見解>
経歴詐称については、仮に勤続年数が10年以上におよび、貢献度も十分にある者に対して、入社時の詐称だけを理由に懲戒解雇とすることの妥当性には疑問を感じます。ただし、最終学歴以外の経歴については、特に犯罪歴については、企業秩序に影響するような重要な場合は、懲戒処分の対象とする必要はあると考えます。