■労働時間概念と時間外労働義務
2016/02/21
労働時間の定義については、「労働時間とは使用される者が使用者の指揮に服する時間をいう」とするILO30号条約(商業及び事務所における労働時間の規律に関する条約、未批准)を認識したいと思います。
取り上げる最高裁判例等は、次のものです。
労働基準法上の労働時間~三菱重工長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日判決)
時間外労働義務~日立製作所武蔵野工場事件(最高裁平成3年11月28日判決)
三菱重工長崎造船所事件-「労働基準法上の労働時間」
Y社は、昭和48年(1973年)4月からの完全週休2日制実施に際して、就業規則を変更し、従前7時間30分であった1日の労働時間を8時間とし、始業終業基準および始業終業の勤怠把握基準を新たに定め、またタイム・レコーダーを廃止して、始業終業時に所定の場所にいるか否かを基準として判断する旨定めた。
Xらは、Y会社のA造船所で就業する従業員である。A造船所の始業終業基準は、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に到着し、所定の始業時刻に作業場において実作業を開始するものとされ、さらに、始業終業の勤怠把握基準として、始業の勤怠は更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否かを基準として判断する旨定められていた。また、Xらは、Y会社から、実作業にあたり、作業服のほか所定の保護具、工具等の装備を義務づけられ、その装着を所定の更衣所または控所等において行うものとされていた。さらに、Xらの中には材料庫等からの副資材や消耗品等の受出しを午前ないし午後の始業時刻前に行うことを義務づけられており、午前の始業時刻前に月数回散水することを義務づけられている者もいた。
Xらは、午前の始業時刻前に、①所定の入退場門から事業所内に入って更衣所まで移動し、②更衣所等において作業服および保護具等を装着して準備体操場まで移動し、午前の終業時刻後に、③作業所または実施基準線から食堂等まで移動し、また④現場控所等において作業服および保護具の一部を脱離するなどし、午後の始業時刻前に、⑤食堂等から作業場または準備体操場まで移動し、また⑥脱離した作業服および保護具を再び装着し、午後の終業時刻後に、⑦作業場または実施基準線から更衣所等まで移動し、作業服および保護具等を脱離し、⑧手洗い、洗面、洗身、入浴を行い、その後に、⑨通勤服を着用し、⑩更衣所等から入退場門まで移動して事業場外に退出した。また、⑪Xらの一部は、午前ないし午後の始業時刻前に副資材や消耗品等の受出しをし、また、午前の始業時刻前に散水を行った。
Xらは、①~⑪の行為に要する時間は労基法上の労働時間であるとして、これらの行為に要した時間について、就業規則等に基づく割増賃金の支払いを求めて訴えを提起した。
一審および原審は、②⑦⑪については、労基法上の労働時間と認めたが、それ以外は労働時間と認めなかった。そこで、Y会社が上告した。結果、上告は棄却された。
<判決からのメッセージ>
1.「労働基準法(昭和62年改正前)32条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、上記労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるものではない。そして、労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当する」。
→労基法上の労働時間と認められるためには「指揮命令」が発生しうる、つまりは業務に関連した対応がなされていなければならないことと、「置かれている」という状態、つまりは実際に労務を遂行していなくても労働時間と認められうる。
また、労働時間は労基法の解釈として客観的に確定すべきものであって、労使当事者の合意によって左右されない。さらに、事業所内において使用者から義務付けられたことあるいは、余儀なくされたことに要する時間は、労働時間となる。
2.「Xらは、実作業に当たり、作業服および保護具等の装着を義務付けられ、また、その装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたというものであるから、これらの装着および更衣所等から準備体操場までの移動は、Y会社の指揮命令下に置かれたものと評価することができる。副資材等の受出しおよび散水も同様である。さらに、更衣所等において作業服および保護具等の脱離等を終えるまでは、いまだY会社の指揮命令下に置かれているものと評価することができる」。
<メッセージに対する私的見解>
本判決は、「労基法32条の適用対象となる労働時間」とは何かを明確にしました。つまり、「1週40時間」、「1日8時間」を法定労働時間とし、「休憩時間を除き・・・・労働させてはならない」とするだけであったところを、本来業務遂行時間は当然の事ながら、その周辺時間について当事者の合意ではなく「客観的」に「使用者の指揮命令下に置かれたものであるか否か」で判断すべきとしました。
この判決後、大星ビル管理事件(最高裁平成14年2月28日判決)で「仮眠時間」であっても「労働からの解放」が保障されていなければ、労働時間に該当するとしました。換言すれば、「指揮命令下の時間」とは、「労働からの解放が保障されていない時間」であると判断を示しました。次に残るのは、「厳密には指揮命令下に置かれているとまではいえないが、実際には、事実上の拘束下にある時間帯」をどのように考えるべきか、です。当該時間帯については、「客観的」判断は難しく、どうしても「当事者間の合意」によって決めざるを得ないと考えます。そうなってくると、平成18年(2006年)12月の厚生労働省労政審議会分科会報告に盛り込まれていた「自由度の高い働き方にふさわしい制度」(いわゆる「ホワイトカラーエグゼンプション」)について、再度考慮する必要があるのではないかと思います。それも、当時に比べ年間賃金相場が低下してきていることを勘案し、350万円未満を労基法における労働時間規制の対象、350万円以上から600万円未満を本人の選択、600万円以上を対象外とする線がいいのではと考えます。
日立製作所武蔵野工場事件-「時間外労働義務」
Xは、昭和35年(1960年)4月にY社に雇用され、A工場において、トランジスターの品質および歩留の向上を管理する係として勤務していた。昭和42年9月6日、9月の選別実績歩留がXの算出した推定値を下回ったため、B主任が問いただしたところ、Xはその作業に手抜きがあったことを認めた。そこで、BはXに対し、残業して原因の究明を歩留推定のやり直しをすることを命じたところ、Xはこれを拒否した(翌日に実施した)ため、Y会社は、この残業拒否を理由にXに対して出勤停止14日間の懲戒処分を言い渡すとともに、始末書を提出するよう命じた。X
は、この処分後に出勤した際、残業は労働者の権利であり、就業規則に違反した覚えはないとして始末書の提出を拒否していたが、管理者らの説得により始末書を提出したところ、反省の態度がみられないとして受領を拒否されたため、かえって挑発的な発言をするようになった。そこでY会社は、Xの態度は過去4回の処分歴と相まって、就業規則所定の懲戒事由に該当するとして、懲戒解雇の意思表示をした。Xは、この懲戒解雇は無効であると主張して訴えを提起した。
なお、就業規則には、「業務上の都合によりやむを得ない場合には組合との協定により1日8時間、1週48時間の実労働時間を延長(早出、残業または呼出)することがある」という規定が設けられていた。
1審は、36協定で定める時間外労働事由は具体性に欠けるので残業命令は無効であり、懲戒解雇も無効であるとしたが、原審は残業命令は有効であり、懲戒解雇も有効であると判断した。そこでXは上告したが、棄却された。
<判決からのメッセージ>
「使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負う」。
→(1)納期に完納しないと重大な支障を起こすおそれのある場合
(2)生産目標達成のため必要ある場合
(3)業務の内容によりやむを得ない場合
上記時間外労働事由による36協定の範囲内に限って労働者は労働義務を負う。
<メッセージに対する私的見解>
残業と休職は会社の裁量から「命令」するべきと考えます。確かに、上限基準を超えるような時間外労働命令や、労働契約法3条によるワークライフバランスに配慮しない判断基準は、権利濫用とされる可能性が高いと思います。限界認識と安全健康配慮は必要です。ただ、事件当時の平均月間総実労働時間、所定外労働時間はそれぞれ193.9時間、20.1時間(昭和42年・30人以上・製造業)で、現在の164.6時間、15.8時間(平成24年・同)よりもかなり長かった(厚生労働省「毎月勤労統計調査」)といえます。
今日では、組織意思よりも個人意思を優先せざるを得ない企業活動におけるソフト化が目立ってきています。ソフト化社会では、当然の帰結として、時間外労働に伴う対価としての賃金概念は薄れ、成果に価値をおくようになってきます。
そうなると、やはり「ホワイトカラーエグゼンプション」の導入がとわれてくると思います。「時間本位」から「成果本位」への動きについていけないのが、まぎれもなく現行の労働基準法です。人間らしい生活の確保は前提としながらも、企業の存続も考慮した法規制が必要と思います。