メンタル不全を訴える社員を解雇できるか?
2016/02/23
日本ヒューレット・パッカード事件 【東京地判 2012/07/18】
原告:労働者X / 被告:会社
【請求内容】
勤務不良で解雇された労働者Xが、会社はパワハラやメンタル不全への適切な対応を怠ったとして解雇無効を主張し提訴。
【争 点】
精神的不調を訴えている労働者を、就業規則規定の「勤務態度不良」を理由として解雇しても良いか?
【判 決】
Xは労務軽減の配慮を要する程度のうつ症状ではなかったため、通常の解雇事由(勤務不良)による解雇は有効。
【概 要】
労働者Xは勤務態度が著しく不良で、上司が指導しても改善されなかった。Xは上司の指導はパワハラであると人事部に申し立てたが、人事部はパワハラではないと判断した旨の通知をした。その後も改善がみられなかったことから、会社は就業規則37条8号「勤務態度が著しく不良で改善の見込みがないと認められるとき」に該当するとしてXを解雇したが、Xは精神的不調を訴えていたのに会社が適切な対応をしなかったとして解雇無効を主張した。
【確 認】
【メンタル不全の労働者を解雇する場合の注意点】
通常であれば当然解雇になるような事案でも、その労働者にメンタル不全が疑われる場合は、通常とは異なる配慮が求められる。いざ紛争となったときのために、少なくとも解雇をする前に以下の手順は踏んでおくべきである。
1)メンタル不全の兆候が見られたら、専門医への受診を勧める。(就業規則の規定により受診命令もできる)
2)業務に堪えないとの診断結果の場合は、休職させ、療養の機会を与える。
3)休職期間満了前に主治医・産業医等に受診させ、従前の業務が遂行できるか判断する。
4)従前の業務が遂行できないという診断結果が出たら解雇する。(ここまでやれば解雇の有効性はかなり強まる)
【判決のポイント】
<労働者がメンタル不全を訴えていたにも関わらず、解雇が有効となったのは何故か?>
1)労働者Xのうつ症状は、会社に労務軽減などの配慮を義務付けるほど重かったとはいえない。
2)労働者Xは3年間にわたり担当業務の遂行能力が不十分であり、上司から指摘・提案をされても自己の意見に固執し、意見を聞き入れない、業務命令に従わないという勤務態度であった。
<会社の対応は適切だったか?>
確かに、会社もXからのうつ症状の訴えを受けて産業医の受診を勧めるなどの対応を行うこともできたが、Xの訴えの後、会社はXに対してより単純な業務を指示するようにしており、結果的に原告の健康状態に対して適切な対応をしていたといえる。
※うつ病による休職の期間が満了して退職となった労働者が、退職後に「うつ病は業務に起因する」として労災申請をし、それが認められてしまった場合、休職期間満了による退職が業務災害による解雇制限により無効とされる場合があるので注意を要する。(【ライフ事件】判例No.81を参照)
※ちなみに本件の会社は、以前にもメンタル不全による諭旨退職の有効性を争って裁判となっており、諭旨退職無効判決(会社敗訴)を受けているが、本件とは別の事件である。(【日本ヒューレット・パッカード事件】判例No.56を参照)
【SPCの見解】
■精神疾患についての対応として、まずは就業規則の規定内容に問題がないかチェックする必要がある。例えば、①就業規則の休職規定が、社員が休職を願い出る「休職願」だけの規定になっている場合は、会社が主体的に判断し、休職命令できるものに変更する(休職を便利に使われないようにする)②欠勤・休職期間の通算規定がない場合は、何度も休職・復職を繰り返されないように通算規定を設ける。②復職にあたって主治医と本人の判断だけで復職できる制度になっている場合は、復職の判断は会社指定医師(産業医など)への受診により決定できるものとする、といった対策をとるだけでも、多くの無用なトラブルは避けられるため、是非実施していただきたい。
労働新聞 2013/2/11/2908号より