打切補償を支払っても解雇できないのか?
2016/02/23
専修大学事 【東京地判 2012/09/28】
原告:大学 / 被告:職員
【請求内容】
大学が労災認定の職員を打切補償支払いで解雇したことについて、地位不存在確認を求めて提訴した。(職員反訴)
【争 点】
労災の療養・休業補償給付を受けている労働者を、打切補償を支払って解雇することができるか?
【判 決】
療養補償給付を受けている労働者は打切補償の対象から排除されるため、解雇制限は解除されず、解雇無効である
【概 要】
頸肩腕症候群により休職していた労働者が、本件疾病は「業務上の疾病」にあたると認定されたため、労災保険による療養補償給付を受けていたが、休職期間が3年を超えてもなお休職が続いていたため、大学側は職員に対して打切補償として1,629万円余りを支給したうえで解雇を通知した。これについて労基署より度重なる是正勧告を受けた大学側は「行政による民事不介入」を狙い「地位不存在確認請求」を求め提訴したため、職員側も反訴した。
【確 認】
【解雇制限と打切補償】(関連する法律の関係する部分のみ要約)
<労働基準法19条>
労働者が業務上負傷等し、療養のため休業する場合、療養期間とその後30日間は解雇できない。但し、使用者が労基法第81条の打切補償を支払う場合等においてはこの限りではない。
<労働基準法81条>
75条規定の療養補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷・疾病が治らない場合は、使用者は平均賃金の1200日分の打切補償を行えば、その後の補償を行わなくてもよい。
<労災補償法19条>
業務上負傷等した労働者が、療養開始後3年経過時(またはその後)に傷病補償年金を受ける場合は、労基法19条による解雇制限の適用について81条の打切補償を支払ったものとみなす。
【判決のポイント】
<打切補償を支払ったにも関わらず、なぜ解雇無効となったのか?>
労働基準法81条「打切補償」の解釈に誤解が多いためだと思われる。まず前提として【労基法75条の療養補償】と【労災法の療養補償】は全く別物であることを認識することが重要である。
【考え方】
①労働者が業務中の事故により負傷した場合、本来は会社が【労基法75条の療養補償】をしなければならない。
②しかし労働者を雇用する会社は労災保険の加入が義務付けられているため、労災発生時には通常【労災法の療養補償】がされる。
③【労災法の療養補償】がされる場合は【労基法75条の療養補償】が免除されるため(労基法84条1項)、実際に会社が【労基法75条の療養補償】をすることはほとんどない。
④労基法81条で打切補償支払いによる解雇制限解除が認められているのは、あくまで【労基法75条の療養補償】がされた場合であるため、【労災法の療養補償】により【労基法75条の療養補償】を受けていない被災労働者は「打切補償支払いによって解雇できる労働者」に当たらない。
<なぜ「打切補償」は【労基法75条の療養補償】がされた場合に限定されているのか>
打切補償支払いによる解雇制限解除が認められている目的は「療養の長期化による使用者の負担を軽減すること」であるから、責任免除により実際に使用者が負担を行っていない場合は、使用者の負担を考慮する必要がない為。
⇒ 以上のことを総合すると、会社が打切補償を支払って労働者を解雇できる場合はほとんど有り得ないといえる。
【SPCの見解】
■労災により休職している者には労基法19条による解雇制限がかかるが、療養開始後3年経っても復帰できない場合は打切補償を支払えば解雇できると誤解しているケースが非常に多い。しかしそれができないとなると、労災で休職して休業補償給付を受けている者については、それが傷病補償年金に切り替わらない限り解雇することができないということになる。それでは労基法81条の存在する意味がほとんどなく、極端な話、労災による療養が続いている労働者については、定年まで在籍させるしかないということになってしまう。休業中の賃金支払いは不要だが、社会保険料等の負担があり会社の負担は継続する。判決内容にも若干の疑問が残るため、控訴審での判決に注目したい。
労働新聞 2013/2/25/2910号より