解雇され生活困窮のおそれ、賃金仮払い申し立てる
コンチネンタル・オートモーティブ(自動車部品の研究、開発および販売等を目的とする会社)に勤務していた原告は、「業務能力また勤務成績が不適当と認めたとき」等の解雇理由に該当するとして普通解雇され、無効の判決を待っていては経済上窮状に陥るとして、賃金仮払い(1ヵ月当たり73万円余の月例給与)などを求めたが、横浜地裁は平成27年11月27日に「本件解雇は解雇権の濫用に当たるということはできず、保全の必要性もない」として申立てを却下、そのため原告は、即時抗告を東京高裁に申し立てた。
【判決のポイント】
1.被保全権利の疎明なし
原告は業務を遂行するのに十分な能力を有していたということはできず、またその成果もほとんど上がっていなかった。原告は、高度の能力を評価されて高額の賃金により中途採用されたものであり、会社が基礎的な教育や指導を行うことは本来予定されていなったこと、個別的な指導に対して、指示に素直に従わず、むしろ反抗的態度に終始していたこと、PIP(改善計画)の実施や転勤及びこれに伴う実質的な降格という経過を経て、意識改革を図るための機会は十分に付与されていたことを照らすと、解雇が解雇権濫用に当たるということはできない。
2.保全の必要性の疎明なし
地位保全の仮処分や賃金の仮払いの仮処分は仮の地位を定める仮処分命令に当たるところ、この仮処分命令は債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。原告は、1ヵ月約12万円の不動産収入があり、妻のアルバイト収入が1ヵ月約6万円あること、平成27年8月時点で505万円余の預金及び評価額約69万円の株式を保有していること、長男は就職していることから、原告の経済状況が賃金の仮払いがなければ、著しい損害又は急迫の危険が差し迫る状態にはない。
また、地位保全の仮処分はいわゆる任意の履行を求める仮処分に当たるところ、被告である会社は原告の復職には応じられないとの意向を明確に示しており、たとえ仮処分の発令があったとしても会社が任意にこれを履行することはおよそ期待し難いことに照らすと、仮の地位を求める旨の仮処分を行うことは、実益に乏しいといわざるを得ず、保全の必要性について疎明があるということはできない。
3.判決
東京高裁は平成28年7月7日、解雇権濫用ではないとしたうえで、抗告を棄却。
参考:民事保全法第23条
係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためにこれを必要とするときに発することができる。
3 第20条第2項(※注:条件付・期限付の仮差押命令)の規定は、仮処分命令について準用する。
4 第2項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者の立ち会うことができる審尋問の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。
【仮処分の流れ(解雇を争っている場合)】
- 申立書提出
労働者が裁判所に「仮処分申立書」を地方裁判所に提出する。申し立てでは、以下のことを訴える。
1.被保全権利(守ってもらう権利)
解雇が無効であると考える具体的理由など。
2.保全の必要性
著しい損害又は緊急事態であり、本裁判の判決を待っているのでは間に合わず、早急な救済措置必要であることなど。
3.証拠書類
見聞きしたことを詳しく書いた「陳述書」も作成して提出する。
(2) 呼出・準備
裁判所が1~2週間後を目途に審尋期日を指定して、呼出状が送付される。会社側は呼出状と一緒に送付された申立書や証拠書類の内容を確認し、答弁書の準備をする。
(3)答弁書提出
会社側が第一回審尋期日までに答弁書を提出する。 被保全債権が存在しないこと、保全の必要性がないことを反論、反証
(4) 審尋
裁判所が会社と労働者の双方から事情を聞く。通常、仮処分では当事者尋問や証人尋問は行わず、答弁書のやりとりをする。お互いに相手の主張に反論しながらあわせて証拠書類として陳述書を出していく。(東京地裁の場合、審尋はおおむね2週間に1回程度のペースで行われ、何回か審尋をして双方の主張がそろうと、裁判所から和解のすすめがあることが多い)
(5) 仮処分の決定
審尋で和解の折り合いがつけば、和解文書を交わして解決となりますが、和解で解決できそうもない場合は、裁判所は通常訴訟の判決にあたる決定を出す。(東京地裁の場合は、3~6ヶ月で決定が出される)
仮処分の決定では、東京地裁の場合、従来の給料全額ではなく、実際の生活費を領収書や陳述書で出させて、その範囲の額に限定され、期間もたいてい1年間。また、解雇が違法な場合でも、賃金仮払いの仮処分だけが認められ、地位保全の仮処分は認められないことが多い。
【本訴の提起】
仮処分は、あくまで仮の救済を与えるにすぎないので、紛争が終局的に解決されるわけではない。労働者の申立を認める仮処分が出された場合、使用者は労働者に対して本訴を提起するよう求めることができる。裁判所によって起訴命令が出されたにもかかわらず、命令された期間内に本訴を提起しない場合には、仮処分決定は相手方の申立により、取り消されることになる。また、仮処分決定そのものに対して不服申立をすることもできる。ただし、不服申立があったこと自体によって仮処分決定が効力を失うことはない。裁判所が仮処分決定を取り消して初めて、仮処分決定の効力が失われることになる。
【SPCの見解】
解雇をされた従業員が解雇無効を主張して訴えを起こしたとしても、判決を得るには通常は早くとも1年以上の時間を要します。その裁判期間中従業員が賃金の支払いを受けられない状態が続くと生活の困窮をきたすことになります。そのため、従業員は解雇無効訴訟の判決が言い渡されるまでの期間、従業員が会社に対して「労働契約上の従業員たる地位」を有することを仮に定める旨の「地位保全の仮処分」と、解雇時から判決確定時までの賃金仮払いを命ずる旨の「賃金仮払いの仮処分」を併合して申し立てることができます。
今回の判例のように、保全の必要性は従業員側で証拠を準備しなければなりません。副業収入の有無、預金残高、資産の有無、配偶者含む世帯収入などが問われることになります。個人情報のオープン化です。
賃金仮払いの必要性ありとされた場合は、会社側としては、「敵に軍資金を与えながら」訴訟をすることになります。よって、重要なのは、賃金の支払いであり、会社側が徹底抗戦する姿勢の場合は、賃金仮払いの仮処分の他に地位保全の仮処分が認めれられることは通常はないといえそうです。