職場改装によるシックハウス症候群発症は会社の責任か?
2016/02/23
慶応義塾(シックハウス)事件 【東京高判 2012/10/18】
原告:職員Ⅹ / 被告:大学
【請求内容】
退職願は錯誤無効であるとして、雇用契約上の地位確認と、就労可能となった月以降の給与の支払いを請求した。
【争 点】
①Ⅹがシックハウス症候群となったのは仮設棟Aの有機化合物が原因か?
②会社に安全配慮義務違反はあったか?
【判 決】
大学側の安全配慮義務違反によりⅩはシックハウス症候群を発症したとして慰謝料(390万円)等の支払いを命じた。
【概 要】
新校舎建設のため仮設棟Aに移転したⅩは、体調不良のため欠勤し始め、その翌月以降は出勤できなくなった。Ⅹは私傷病であると誤信していたため退職願を提出したが、のちにこれが仮設棟Aに存在していた総揮発性有機化合物による化学物質過敏状態(シックハウス症候群)によるものと判明したため、提出した退職願は錯誤無効であると主張した。第一審では、Ⅹの疾病は業務上の疾病とは認められないとしたが、慰謝料は200万円の限度で認容した。
【確 認】
労働契約法 第5条(安全配慮義務)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
労働安全衛生法 第23条
事業者は、労働者を就業させる建設物その他の作業場について、通路、床面、階段等の保全並びに換気、採光、照明、保温、防湿、休養、避難及び清潔に必要な措置その他労働者の健康、風紀及び生命の保持のため必要な措置を講じなければならない
【判決のポイント】
1)Ⅹのシックハウス症候群と職場環境との因果関係はあるのか?
本件では、仮設棟Aの全ての場所で、総揮発性有機化合物量(TVOC)の暫定指針値を大幅に超える濃度のTVOCが存在しており、また同じ場所に勤務する他の教員(8名中7名)も同じ症状を訴えていること等から、仮設棟Aの1階に存在していた化学物質により、Ⅹにシックハウス症候群が発症し、勤務継続ができなくなったと認めることができる。
2)労働安全衛生法(安衛法)を守っていても、会社に責任(安全配慮義務違反)はあるのか?
安衛法と、労働契約法5条の「安全配慮義務」をも含めた民事上の責任とは別であり、安衛法を守っているからといって、民事上も労働災害防止の義務を尽くしているとはいえない。(安衛法は最低限のものである)
【職域における屋内空気中のホルムアルデヒド濃度低減のためのガイドライン】(厚生労働省)
使用者は職域での屋内空気中のホルムアルデヒドの濃度を0.08ppm以下とするため以下の措置を講ずるべきである。
①濃度の測定
②濃度低減のための措置(換気装置の設置・増設、継続的な換気の励行。発散源の撤去・交換等)
③労働者がシックハウス症候群に関連した症状を訴えた場合の措置(終業場所の変更等)
④相談支援体制(相談窓口)の活用
▼職域における屋内空気中のホルムアルデヒド濃度低減のためのガイドライン(厚生労働省)
http://hiroshima-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/library/hiroshima-roudoukyoku/05/contens/pdf/shokuba_formaldehyde.pdf
■平成15年7月の建築基準法により「シックハウス症候群」という言葉が一般的になり、その危険性が認知されるようになって久しいことから、会社は、建物の新築・改装の際に労働者から体調不良の訴えがあった場合には、「シックハウス症候群」の可能性に気づき、早急に対策をするべきであった。平成18年の同様の判例では、当時はまだ「シックハウス症候群」も一般的ではなく、会社がそれを予測するのは不可能または著しく困難だったということで、会社の注意義務違反が否定されたものがあるが、既に誰もが聞いたことがある病気となった今では、予測可能性がなかったという主張は通らないため、建物の新築・改装の際には、労働者の健康状態の変化には十分配慮して欲しい。
労働新聞 2013/7/22/2930号より