なぜ失効したはずの労働協約が効力を持ち続けるのか?
2016/02/23
音楽之友社事件 【東京地判 2013/01/17】
原告:労働組合員ら / 被告:会社
【請求内容】
①労働協約に反する就業規則等の無効確認
②実施されなかった定期昇給分の支払いと遅延損害金の支払い請
【争 点】
労働協約が解約により失効しても、その内容に反するような就業規則の変更はできないのか?
【判 決】
相当性の立証が尽くされておらず、合理的な就業規則の変更ではないため、労働協約の余後効により無効である。
【概 要】
会社が、退職金制度の廃止や定期昇給の廃止等を内容とする就業規則改訂案を策定し、組合に提示したが同意を得られなかった。しかし会社は就業規則を改訂してその内容を実施したため、組合および組合員らが「この不利益変更措置は労働協約に反する」として提訴した。会社は裁判中に労働協約解約の意思表示をしており、また、退職金廃止等の就業規則改訂については、労働者の個別同意を得ていたと主張した。
【確 認】
【労働基準法第92条】(法令及び労働協約との関係)
就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
2 行政官庁は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。
【労働基準法第120条】
(罰則) 第92条第2項(略)の規定による命令に違反した者は、30万円以下の罰金に処する。
【労働協約とは
労働組合と使用者等との間で結ばれた、書面(両当事者が署名)による労働条件等に関する取り決めのこと。効果の強いものから順に「 労働基準法 > 労働協約 > 就業規則 > (個別の)労働契約 」であるため、労働協約に反するような就業規則や労働契約は無効となる。これを規範的効力という。(労働組合法14条,16条)
【判決のポイント】
1)就業規則の変更内容が労働協約に反する場合、労働者の個別の同意を得ても認められないのか?
確かに、労働者の個別の同意を得れば就業規則の不利益変更は可能である(労契法9条)が、労働協約は就業規則や個別の労働契約に優先するとされているため(上記「確認」参照)例え個別の同意を得たとしても、労働協約に反する内容は無効となる。(但し本件では、個別同意の事実自体が認められなかったため、この点は主な争点ではない)
2)労働協約が有効期間満了または解約により失効した場合、その後の労働条件はどうなるのか?
有効期間を定めるか定めないかは、当事者の自由である。期間を定める場合は、3年が上限(3年で失効)であり、期間を定めない場合は、当事者の一方が署名又は記名押印した文書によって相手方に(少なくとも90日前に)予告すれば解約することができる(労働組合法第15条)。
労働協約が期間満了または解約となった(つまり失効した)場合、その後の労働条件がどうなるかという問題については、「暫定的に従来の労働条件が存続する」という解釈を採る場合が多い(労働協約の余後効)。失効後に新たな労働協約が成立したり、就業規則の合理的改訂がされない限り、当事者間の労働契約を規律するものとして存続する。
3)労働協約解約後に就業規則の変更をしたのに、労働契約法第10条による不利益変更とは認められないのか?
労働協約の失効後に「真の個別同意」や「合理性がある就業規則の変更」がされた場合は、労契法10条による変更は認められるが、本件では、「労働条件の切り下げを実行しなければならない具体的な必要性およびその相当性についてまだ立証が尽くされていない」として、労働契約法第10条による変更は否定された。
【SPCの見解】
■労働条件を不利益変更する場合、原則労働者の個別の同意が必要あるが、例え個別同意をとっても、まだ有効である労働協約の内容に反している場合は「無効」になってしまうので注意が必要である。もし過去に「無期限」の労働協約を締結していたのであれば、まずその労働協約について解約の意思表示をし、90日経過後に、個別同意を得たり、合理的な就業規則の改訂を行うという手順が必要とされる。また、有効期間が切れている労働協約であっても、真正な労働条件変更(真の個別の同意や合理性のある就業規則改訂 等)が行われない限り、その内容は「余後効」として存続するため、やはり労働条件変更は無効となる。よって、過去の労働協約の内容を再確認する必要がある。
労働新聞 2013/12/9/2948号より