休憩室を秘密録音、陰口を言った院長へ賠償請求
医療法人社団Bテラス事件【東京高判 令和5年10月22日】
【事案の概要】
従業員(X)は歯科医院を運営する医療法人(Y1)に雇用される歯科医師であり、歯科医院の理事長であるY2からハラスメント等の不法行為を受けたとして、Y1とY2に対して慰謝料の請求をするとともに、Y1の安全配慮義務違反を理由に育児休業終了後も就労ができないとして、民法536条2項に基づいて賃金等を請求した事案の控訴審である。
【判決のポイント】
(1)不法行為の成立について
・診療予定時間の変更
Xは診療予定表に入力した時間をY2が独断で30分延長して診療予約を入りにくくしたと主張する。この変更は業務上の必要性を根拠づける事実を認めるに足りる証拠はなく、不法行為と認められる。
・控室での会話
Y2は控室で他の従業員と雑談を交わす中で、「Xの態度は懲戒に値する。」、「子供を産んでも実家や両親の協力を得られていない。」、「暇だからパソコンでマタハラを理由に控訴しようと検索している。」、「Xの育ちが悪い。」などXを揶揄する会話を行っており、不法行為と認定できる。
Xの控室を無断で録音する行為は、職場秩序の観点からも相当な証拠収集方法であるとは言えないが、著しく反社会的な手段であるともいえない。
Yのこれらの会話はXが耳にすることを前提とした会話ではないが、Yが理事長であった地位を考慮すると、他の従業員とXを揶揄すること自体がXの就業環境を害する行為に当たり、不法行為と認定できる。
(2)賃金請求について
・Y2は令和5年5月1日に理事長を辞任し、新たにXが就任した。これにより、XとY2が接する場面は解消された。
Y2の辞任等により一応の必要な安全配慮義務はされたものと認められ、Y2の交代から相当期間が経過した15日分までに限り、賃金請求が認められる。
【SPCの見解】
判決のポイントにあるとおり、無断録音自体は相当な証拠収集方法であるとは言えないが、反社会的な行為であるとも言えないとされています。
また、社内での無断録音は情報漏洩や自由な社内での会話を阻害するおそれもあるため、無断録音を禁止すること自体も可能です。ただし、その録音が裁判で証拠として認められるかどうかは別問題になります。
Xを揶揄する発言を行ったのが理事長という地位にあったという特殊な事情もありますが、ハラスメントに対する会社のリスクを教えてくれる判例でした。
当然、常にハラスメントに対する会社の対応が不服だとして欠勤する場合に賃金請求ができるわけではありませんが、適切な対応を怠ると慰謝料請求とあわせて賃金請求もありうるため、ハラスメント主張があった場合には速やかに事実確認や対策等を行う必要があります。
同時に近年ではカスハラ対策として企業側が録音することも増えています。
録音することについては、目的が何度も悪質なクレームを受けている場合の「証拠保全」の時は録音を伝える必要はなく、録音目的が 「相手方へのけん制」の場合は録音する旨を伝え、録音することに対しての苦情は“発言を正確に把握するため”といった返答で良いかと思います。
本件と同様に無断録音の証拠能力を認めた裁判例は民事事件も刑事事件も多く存在し、有効な手段の一つとなります。