社内のいじめにより労働者が自殺した場合、使用者の責任は?
2016/02/23
海上自衛隊(たちかぜ)事件事件 【東京高判 2014/04/23】
原告:両親(原審) / 被告:上司Yと国
【請求内容】
上司Yによる暴行・恐喝等を苦に自殺した自衛隊員Xの両親が、上司Yと国に対し、損害賠償を請求した。
【争 点】
上司Yおよびその他の上司職員は、Xの自殺を予見することができたと言えるか?
【判 決】
YらはXの心身の状況を把握可能で、自殺について予見可能として因果関係を認め、Yと国に損害賠償命令。
【概 要】
自衛隊員Xは、同じ班の上司Yから暴行(エアガンでBB弾を撃たれる)や恐喝(アダルトビデオを高額で売りつけられる)を受けていた。Xは家族や同僚に自衛隊を辞めたいという話をするようになり、Yに対する嫌悪感を募らせ落ち込んだ様子を見せるとともに、同僚に自殺の方法を調べて話すようになり、その後自殺した。Yの上司職員は、Yの後輩隊員に対する暴行などを認識していたが、実態調査やYに対する対する適切な指導を行わなかった。
【確 認】
【民法第416条2項】(債務不履行による損害賠償の範囲)
特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
※債務不履行と相当因果関係のある損害は、当該債務不履行により「通常生ずべき損害(通常損害)」を原則とするが、「特別な事情によって生じた損害(特別損害)」であっても、当該事情について当事者の予見可能性がある場合には、損害賠償が認められる。
【判決のポイント】
■上司Yによる暴行・恐喝等によりXが自殺したことは「通常生ずべき損害(通常損害)」か?
Yによる暴行・恐喝の内容と、それがXにのみ向けられたものではない(他の者にもやっていたが、他に自殺した者はいない)ことからすると、(職場がたちかぜ艦内という閉鎖的な場所で繰り返されたことを考慮してもなお)Yの暴行・恐喝自体からXが自殺を決意することが「通常生ずべき事態」であったとまでは言い難い。
⇒ そうするとXの死亡は、Yによる違法行為からXが自殺を決意するという「特別の事情」によって生じたというべきである為、Yおよび上司職員らがXの自殺を予見することが可能であった場合のみ損害賠償が認められる。
■上司Yやその他上司職員らは、Xの自殺を予見できたといえるか?
<上司Yについて>
Yは自らXに対して、暴行・恐喝を行っていた上、Xと同じ班に所属して業務を行っていたことに照らせば、Xの心身の状況を把握することが容易な状況に置かれていたというべきである。(予見可能性あり)
<その他の上司職員らについて>
Xが親しかった同僚にYから受けた被害の内容を告げ、それについての嫌悪感を露にしていたことや、自殺の1ヶ月ほど前から自殺をほのめかす発言をしていたこと、さらにF先任海曹にはYによる暴行の事実が申告されたこと等から、遅くともその日以降には(乗員らから事情聴取を行うなどしてYの行状、後輩隊員らが受けている被害の実態等を調査していれば)Xが受けた被害の内容とXの心身の状況を把握することができたといえる。そしてもしその時点で適切な指導が行われていれば、Xが期待を裏切られて失望し、自殺を決意するという事態は回避された可能性があるということができる。(予見可能性あり)
【SPCの見解】
■今回Xが自殺前にうつ病を発症していたという事情はなかったが(精神疾患を発症していると自殺との相当因果関係が認められやすい)、判決では因果関係が認定された点に注目したい。個人的には、YらがXの自殺までも予見するのは難しいのではないかと感じるが、Xが同僚らに「自殺」をほのめかす発言を繰り返していた点や、Yの非行について上司らも把握していたにもかかわらず放置していたこと(職場環境配慮義務違反)を重く捉えての判決であろう。本件は公務員の事案だが、社内のいじめを会社側が把握しつつ放置した場合は「安全配慮義務の債務不履行」として民法415条を根拠に損害賠償責任を負う可能性が高いため、早急に対応し、事態の悪化を防ぐ必要があるだろう。
労働新聞 2014/10/27/2990号より