採用面接で自己に不利益な事項の告知義務はあるか?
2016/02/23
学校法人尚美学園事件 【東京地判 2012/01/27】
原告:大学教授 / 被告:大学
【請求内容】
前の職場でセクハラパワハラで告発されていた事を告知しなかった事を理由とした解雇は無効として地位確認等を求めた。
【争 点】
採用面接時、自己に不利益な事項について(質問等を受けていなくても)自発的に告知する法的義務はあるか?
【判 決】
雇用契約締結の過程での信義則上の義務として自己に不利益な情報を自発的に告知する法的義務はなく解雇は無効。
【概 要】
大学の専任教員である原告が、採用後に前の職場でセクハラ・パワハラで告訴されていたことが明らかとなった。大学側は、「3年前の採用時に問題を告知しなかったのは信義則に反する」として、原告を普通解雇した。原告はこれを不服として、①労働契約上の地位確認 ②賃金・賞与の支払い ③不法行為に基づく損害賠償の支払い ④名誉毀損における原状回復として、謝罪文の交付・掲示および送付を求めた
【確 認】
【信義誠実の原則(信義則)とは】
「権利の行使及び義務の履行は(相手の信頼や期待を裏切らないように)信義に従い誠実に行わなければならない」とする法原則で、民法第1条2項(労働関係では労働基準法第2条2項,労働契約法第3条4項)に定められている。
契約というのは原則「自由」だが、これが強調されると強者が弱者を虐げ、かえって弱者の自由が阻害されるという側面があるため、その保護を目的としている。しかし、信義誠実の原則は「法律やその他の規定をそのまま解釈しても、法の本来あるべき正義を実現できない場合又はそもそも法律の規定が存在しない場合」などに使われるものであり、何でもこれを根拠に解決できるとういうのもではないので注意が必要である。
【判決のポイント】
<採用面接時に、自分にとって都合の悪い事実は告知しなくても良いのか?>
採用面接時に「告知すれば採用されないことなどが予測される事項」について、質問を受けた場合であっても「積極的に虚偽の事実を答えることにならない範囲で回答し、秘匿しておけないか」と考えるのは当然であり、採用する側はその可能性を踏まえて慎重な審査をすべきであると言わざるを得ない。
但し、以下のような場合は重大な信義則違反として解雇有効とされる可能性があるので注意が必要である。
①面接時に虚偽の事実を述べた場合
②履歴書の賞罰欄に「有罪判決が確定した事項」を書かないこと (起訴猶予事件や公判中の刑事事件、社内の懲戒処分歴などはこれに含まない)
③学歴詐称・経歴詐称 (例えば高卒求人に応募するために大学中退の事実を隠すという”低学歴詐称”も含む)
【今回のケースの問題点】
①面接時に大学側から「前職で抱えていたトラブル等」につき直接問いただしていなかったこと。
②原告の採用時の発言(辞職を望んでいるのにすぐにはできない可能性がある等)から、職場の人間関係のトラブルがあった可能性が感じられたにも係わらず、そこを質問等により詳しく検討しなかったこと。
③本人や紹介者である厚生労働省人事課長に聞くなどして大学側で調べるなどしなかったこと。
⇒ これらのことから考えると、使用者側(大学)の調査の懈怠であったと判断された。
【SPCの見解】
■この判例では「過去に問題を起こした者を採用したくないならば、会社側が相当の注意を持って面接・調査等を行うしかない」という結論であった。応募者が明らかに嘘をついたのであれば解雇できる可能性はあるが、「何も言わなかった」ことを理由に解雇することは難しいということである。今回のような事態を避けるためには、「過去に懲戒処分を受けたことがあるか」「懲戒処分を受ける可能性のある行為をした事実がなかったか」のように事細かに質問し、少なくとも質問に対する「はい」または「いいえ」という言質を取っておくのが良い。そうすれば、後日これに反する事実が発覚し、それが採否に影響を与える程度の内容であった場合に懲戒解雇・普通解雇が可能となる。
労働新聞 2012/9/17/2889号より