漏洩禁止の「企業秘密」とは?
2016/02/23
関東工業事件 【東京地判 2012/03/13】
原告:前勤務先会社 / 被告:元従業員4人
【請求内容】
同業他社に転職した営業マン4人(Bら)に対し、機密保持義務・競業避止義務違反として損害賠償を請求した。
【争 点】
原告が業務上の秘密として主張する「仕入先に関する情報」は、漏洩禁止とされる「秘密」に該当するか?
【判 決】
「秘密管理性・非公知性」という要件を満たさないため、漏洩禁止となる「秘密」とはいえないとした。
【概 要】
原告に営業職として勤務していた従業員Bらは、退職後、同業他社の代表取締役に就任した。原告の就業規則には「社員は退職後も会社、顧客及び取引先の機密事項および業務上知り得た情報、ノウハウ等をほかに漏らしてはならない」「会社の機密にかかわった社員は、退職後3年間はその機密を利用して同業他社に転職し、または同業種の事業を営んではならない」旨の規定がある。
【確 認】
【就業規則等で不正利用が禁止される企業秘密とは】
企業の秘密は「不正競争防止法」により一定の保護がされているが、さらにそれとは別に(上乗せして)就業規則や個別合意によって、ある一定の情報を企業秘密とし、その不正利用を禁止することは可能である。しかし、あらゆる情報を「秘密」として規制すると、従業員を必要以上に萎縮させ、正当な行為すら不当に制約することになるため、保護すべき「秘密」といえるためにはいくつかの要件がある。
① 《秘密管理性》秘密情報の内容が客観的に明確にされていること
② 《非公知性》 未だ公然と知られていない情報であること
【判決のポイント】
<ポイント1> なぜ、原告会社の情報は企業秘密にあたらないのか?
原告が「業務上の秘密」として主張する廃プラスチックの仕入先に関する情報は、秘密管理性が欠如していた。
【 秘密管理性の要件を満たさないとされた理由 】
・「秘」の印が押されて管理される等、客観的に「企業秘密」にあたるものであると明確にされていなかった。
・当該情報にアクセスすることができる者が限定されているわけでもなく、従業員であれば誰でも閲覧できる状態にあった。
<ポイント2> 被告Bらの同業他社への転職は競業避止義務違反にあたらないのか?
退職後の競業避止義務は、憲法22条1項で保障される「職業選択の自由」との関係で一定の制約を受ける。
下記の要件を満たさない場合は、労働者の権利を一方的かつ不当に制約するもので公序良俗に反するとして、民法90条により無効となる。
①使用者の正当な利益 ②労働者の地位や職務内容 ③競業制限の対象職種・期間・地域 ④代償措置の有無
(※)より詳細な要件は(判例No.38、判例No.53を参照)
本件被告Bらは業務遂行過程において、業務上の秘密を使用する立場にあったわけではなく(要件②)、さらに原告会社はBらに対し、何らの代償措置も講じていない(要件④)のであるから、競業避止義務条項自体が無効である。
【SPCの見解】
■退職時に秘密保持契約を交わすことはよくあるが、「どの情報が漏洩禁止となる秘密にあたるか」を明確にしている会社は少ないと思われる。本判決では「企業秘密」の要件を明示しており、これを満たさないままにされた秘密保持契約は法的に意味がないとしているため注意が必要である。(ただし、精神的に情報漏洩を抑制する効果はあると思われるため全く無意味とはいえない)また、競業避止義務についても「企業秘密を扱う立場・業務内容か」という要件があるため、「自社においての秘密とは何か」を明確にしておくことはやはり重要である。秘密保持も競業避止も無制限に認められる訳ではなく、自由の制限には一定の要件を満たす必要があることを認識するべきである。
労働新聞 2012/10/08/2892号より