パワハラと適切な指導の境界線とは?
2016/02/23
U銀行(パワハラ)事件 【岡山地判 2012/04/19】
原告:元従業員X / 被告:会社.元上司ら
【請求内容】
元上司3人にパワハラによる損害賠償を、会社に使用者責任と健康管理義務違反に基づく損害賠償を請求した。
【争 点】
元上司3人の行為はパワハラに該当するか?会社の行った短期間での配置転換は、健康管理義務違反といえるか?
【判 決】
上司3人のうち1人のみパワハラを認定した。会社は、使用者責任はあるものの健康管理義務違反はないとした。
【概 要】
「脊髄空洞症」による休職から復帰したXが、復帰後すぐQ支店に異動となり、その後の約3年間にサポートセンター、現金精査室、人事総務部と配置転換され、その4ヵ月後に退職した。Xは脊髄空洞症による後遺症があり、通常の人より仕事が遅く、期待された水準の仕事が出来ていなかった。Xは、各異動先の上司らY2(支店長代理),Y3(センター長),Y4(人事総務部長代理)から頻繁に叱責されたことにより、不安抑うつ状態で通院し、その後退職した。
【確 認】
【パワーハラスメントの定義】平成24年3月15日「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」(厚生労働省)同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性(※)を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。
※ 上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。
<行為類型>①暴行・傷害 ②脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言 ③隔離・仲間外し・無視 ④業務上明らかに不要なことを要求する等の過大な要求 仕事を与えない等の過小な要求 ⑥私的なことへの過度な立入り
【判決のポイント】
■訴えられた上司3人のうちY2のみ不法行為とされたのは何故か?
上司Y2(パワハラに該当し、不法行為と認定された)
・ミスをしたXに対し、頻繁に厳しい口調で「辞めてしまえ」「(他人と比較して)○○以下だな」と表現した。
⇒健常者であっても精神的にかなりの負担を負う言動であり、療養からの復帰直後で後遺症もあるXには精神的に厳しいものであったと考えられ、それについて全く無配慮であったY2の言動はパワハラに該当し、不法行為である。
上司Y3とY4(パワハラと認定せず)
・Xに「寝ていたのか」「どこに行っていた」と強い口調で言ったり、「貸せ」と言って書類を取り上げた。
⇒仕事をきちんと勤務場所で、期限内に終わらせるようにすることが上司の務めであり、業務上必要な質問である。
多少口調がきつくなったとしても無理からぬことで、Xの病状を踏まえてもパワハラに当たるとは言えない。
■Y2のパワハラについての会社の使用者責任
⇒無過失免責もないため、使用者責任がある。
■会社の短期間での複数回の配置転換は、Xの心身の健康への注意義務を怠った不当なものと言えるか?
⇒各部署で不都合が生じたことから次の異動を行ったという場当たり的な対応ではあるが、能力的な制約のあるXを含めた従業員全体の職場環境に配慮した結果の対応であり、配置転換には使用者に広範な裁量が認められていることも鑑みると、安全配慮(健康管理)義務違反として不法行為に問うことは出来ない。
【SPCの見解】
■パワハラという言葉は法律用語ではなく法令の定め等もないが、厚生労働省によりその概念と行為類型が示された。(上記確認欄参照)しかし、それでも判断基準が明確になったとは言い難く、パワハラと業務上の指導の境界線は曖昧なままである。なお、今回Xは上司の発言を小型高性能ICレコーダーで録音しており、Y2の発言は一言一句、忠実に再現されていた。今は誰でも安価にICレコーダーを購入することができるため、「そんなこと言っていない」という言い訳が通用しないことも考えられる。部下への指導について萎縮しすぎてしまうのも問題だが、もしかしたら録音されているかもしれないという心構えを忘れずに、言葉を選んで理性的に指導することが望ましい
労働新聞 2012/11/19/2897号より